高遊原カントリークラブの歴史

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1993年から1995年まで「再春館レディース」を開催。

高遊原カントリークラブの誕生

1972年(昭和47年)に、熊本電鉄が中心となり熊本製粉など10社が参加して資本金5000万円で熊本企業開発株式会社を設立、初代社長には三浦富治次郎氏が就任した。

当時の計画では、27ホールのチャンピオンコースで、クラブハウスのほか付帯施設として、子供遊園地やホテルも計画されていたが、用地買収に加えて、おりからのオイルショックや資金面のこともあり現在の状態になった。

施工は、コースレイアウトが間野貞吉氏、コース工事は西松建設、ハウス設計は三菱地所、建設工事は清水建設で、林間丘陵コースとして1年余をかけて完成した。

1974年(昭和49年)8月8日、いよいよ「高遊原カントリークラブ」が誕生し、当日の午前9時半から、1番ティーにおいて、オープン式典、オープン記念マッチが行われた。

オープン記念マッチ

オープン記念マッチ

高遊原(たかゆうばる)の読み

高遊原カントリークラブ・・・、メンバーにとっては誇りと親しみをもって呼んでいる「たかゆうばる」であるが、県外の方などは「こうゆうげん」と呼んでいたり、何と読むのかと聞かれる事が多い。

上を「たか」と読ませるなら、下は「アソビ」と同じ訓読みで読ませればよいものを、こちらでは音で「ユウ」と読ませている。
古来このような読み方を湯桶(ゆとう)読みと称えている。
この高遊原を「津森村郷土誌」では、名勝として記し、阿蘇遥拝地の石碑(阿蘇大神と掘ってある)が立つ。熊本空港の南、高遊原公園がその場所である。

諸説あるが、「おほしさん伝説」によれば、天から降りた猿田彦が、高遊原の濃霧の中でどこにおりるか迷われた時、鶏の声がしたので降りたらそこが杉堂であったと云う。

高遊はらの原義は、この伝説のように「おほしさん」を関係が深い聖地であり、高遊原は、神の斎く、「高斎原(たかユウばる)」であるとの聖域説があり、阿蘇遥拝地とある石碑がそれを暗示している。

(猿田彦とは、神話で天照大神が天から日向国高千穂の峰に天降ったときに、その道案内をした。後世庚申信仰や道祖神などと結びついた。日本各地の分かれ道などで、猿田彦大明神として祭られている)

阿蘇遥拝地の石碑

高斎原の聖域説を暗示する
阿蘇遥拝地の石碑

「再春館レディース」準備秘話

再春館製薬所は「桜」がトレードマークで、再春館レディースのマークも桜、それに桜チャリティー基金として拠出しているが、クラブとしては、その桜の期待に応えたいと、1番のスタートの場所に、農園から桜の木を持ってきて植えたが時期が3月中旬、いかに熊本でも未だ開花していない。

苦肉の策として、石油ストーブで桜の木を暖めて、なんとか蕾とちらほら花が咲き出して準備関係の皆さんがほっとしたひとこまもありました。

おかげさまで、再春館レディースが行われた3年間は、何れも好天に恵まれ、それも裏方のご苦労があった賜ではなかろうかと感謝します。

再春館レディース '93

再春館レディース '93
快晴に恵まれた最終日は15,700人が詰め掛けた

歴史年表

出来事
昭和47年 資本金5000万円で、熊本電鉄が中心となり熊本製粉など10社が参加して熊本企業開発株式会社を設立。
昭和48年 高遊原ゴルフ場の工事開始。会員募集を始める。
農業生産法人・高遊原農園設立。
昭和49年 災害によりコース修復、10番(現在の1番)池をラフにする。
8月8日「高遊原カントリークラブ」開場。
昭和50年 モノレール営業開始。
キャディー制プレー廃止。
昭和51年 コース改造14番のショートをミドルコースへ。これによりパー72のコースとなる。
昭和52年 福寿会(今のGSL)始まる。
昭和54年 矢部と親善マッチが始まる。(4月と9月に)
平日月例杯が始まる、平成7年まで続く。
昭和55年 54年より二年間、暦月の名を冠にした弥生杯や水無月杯など毎月実施。
海外ツアー第一回フィリピン。
昭和56年 メイングリーンをベントグリーンに改造。
ロングラン海外ツアー第二回は韓国。
昭和57年 友の会協賛コンペが始まる。
12番ホールの池の造成。
ロングラン国内ツアーは沖縄。
ベントグリーンの併用開始。
昭和59年 開場10周年。
レディース選手権が始まる。
昭和60年 12番ホール高麗グリーン改造。
6番ホール左側植樹。
昭和61年 グランドマンスリー佐分利正杯開始。
6番、15番ホール高麗グリーン改造。
香港・マカオチャリティーゴルフ大会(TDA)。
昭和62年 実年健康杯始まる。
グリーンレディー制導入決定。
コース管理棟を現在地に新設移転。
北海道チャリティーゴルフ大会(TDA)。
香港・中国チャリティーゴルフ大会(TDA)。
昭和63年 グリーンレディーが稼動開始。
ハウス増改築(玄関前)。
九州学生選手権連盟競技に開場提供。
珠海・広州チャリティーゴルフ大会(TDA)。
昭和64年 モノレール施設を撤去、リモコンによる電磁誘導に、
カートを45台購入。
10番ホールに藤棚をつくる。
北海道チャリティーゴルフ大会(JAS)。
平成2年 事務所内、スタート室など改築。
1番と10番ホールの待合小屋新設。
グリーンレディー制導入に伴い託児所開所。
平成3年 友の会がオープンコンペに変わる。
イン・アウト茶小屋新設。
台風19号の被害で1日クローズド。
平成4年 再春館レディースの公式戦に伴いコース変更。3番を1番ホールに(そのまま現在に)、待合室も移動。
7~10番の上り坂にベルトコンベヤー新設。
平成5年 再春館レディース93(3月16日~3月21日)開催。
城戸富貴が優勝。
貴重品ロッカー新設。
平成6年 再春館レディース94(3月15日~3月20日)開催。塩谷育代が優勝。
開場20周年。
北海道招待ゴルフ(JSA)。
平成7年 再春館レディース95(3月14日~3月19日)開催。芳川なよ子が優勝。
矢部との親善マッチが幕。
ロングランゴルフ大会台湾へ。
平成8年 福寿会がGSLとなる。
大正会が始まる。
乗用カート5台購入。
チャリティーゴルフ大会北海道へ。
高遊原グアム招待ゴルフ大会。
平成9年 高遊原オープンが始まる。
大正大会が大昭会となりレディース会も併せて行う。
ターフメイト20台購入。
避雷小屋3棟新設。
グアム招待・北海道チャリティー大会。
平成10年 ターフメイト20台購入。
避雷小屋3棟新設。
浴室と脱衣所の改装。
台湾招待・北海道チャリティー大会。
平成11年 開場記念コンペが9月2日間に変更。
男子ロッカー取替、男子トイレ改装。
25周年で石垣島招待ゴルフ。
台風18号の影響で4日間クローズ、被害のハウス屋根ほか修復工事。
平成12年 九州初の視覚障害者ゴルフ大会実施。
開場記念コンペの参加者多く、3日間となる。
ミッドシニア九州決勝大会会場提供。
ロングランゴルフ、タイ招待。
平成13年 9番ホールBG改造。
海外ゴルフツアー無料招待タイへ。
平成14年 マンディーシニアレディース会開始。
乗用カート(バッテリーカート)5台購入。
平成15年 乗用カート4台購入。
衣服乾燥機導入。